大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和34年(ネ)291号 判決 1961年12月26日

控訴人 大栄電気商事株式会社

被控訴人 日本産拓株式会社

主文

原判決を取り消す

被控訴人の請求を棄却する

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする

事実

被控訴人は当審において請求を変更し「被控訴人が控訴人に対し昭和三〇年一〇月三一日なした原判決末尾の債権明細表記載の譲渡債権の債権者は被控訴人であることを確認する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、

被控訴人において「(一)昭和三〇年八月、当時被控訴会社の代表取締役であつた中島重信らは、被控訴会社の小倉、福岡、飯塚の各営業所を閉鎖し、福岡市に訴外日栄電気株式会社を設立し、同会社に対し、被控訴会社福岡営業所の営業全部を譲渡した(甲八、一五号証)。(二)訴外藤倉電線株式会社(以下藤倉電線と略記する)は、中島重信らの右処置を知り、被控訴会社を犠牲にして私利私慾をはかるものと認め、同三〇年一〇月一日戒告の書状(甲第一〇号証)を発したが、中島重信らに毫も反省の情がないため、被控訴会社に対し、同会社との取引を解除する旨通告した(甲第一一号証の一)ところ、中島重信ら被控訴会社の役員は、自己保身の途を講じ、同月二〇日被控訴会社小倉営業所に控訴会社を設立し(甲第三号証)、控訴会社の業務に専念した。(三)そして最後に中島重信らが持ち逃げしたのが、昭和三〇年一〇月三一日の被控訴会社から控訴会社に対する本件優良債権の譲渡である。被控訴会社の目的は、イ、電気材料の製造並びに売買、ロ、電気機器及び一般機械器具の製造、加工、修理並びに売買、ハ、電気工事の請負、ニ、その他前各項に関し必要または有益な事業である(甲第一、二号証)。ところが、代表取締役中島重信のなした本件債権譲渡は、被控訴会社にとつて必要でも有益でもない、むしろ損失のみをきたすものであるから、同人のなした債権譲渡は被控訴会社の目的の範囲外の行為で、同人にこれをなす権限はないから、この債権譲渡は無効であり、かりに然らずとするも、代表権の濫用であるので無効である。(四)本件譲渡の目的たる債権は、全部回収可能な優良債権であり、被控訴会社の有する他の債権は、いわゆる不良債権で回収不能ないし困難なものであるから、本件債権譲渡の一事をもつて被控訴会社は、倒潰の危機に直面した。況んや、藤倉電線を除く被控訴会社の小口仕入先に対する債務を、控訴会社において引き受け、もつて、被控訴会社の仕入・販売両得意を奪うにいたつては、すなわち、被控訴会社の地位を控訴会社が引き継ぐことになり、右(一)ないし(三)の事実と相まつて、本件債権讓渡は、被控訴会社の営業の重要な一部の譲渡に当ると解すべきところ、(被控訴会社は、本件が通常の意味における営業譲渡と主張するのではなく、法律上営業譲渡に当ると主張するものである。)これについて、株主総会の特別決議を経ていないので、本件債権譲渡は無効である。(五)控訴会社が被控訴会社の債務を引き受けてこれを支払つたことは否認する。」と述べ、<証拠省略>

控訴人において「一、営業の譲渡とは、譲渡人が譲受人をして営業の経営者たる地位に就かせ、客観的意味における営業財産、すなわち、営業という目的によつて有機的に結合された権利、義務及び事実関係の集合体を、一括して譲渡する売買類似の一種特別の債権契約である。本件債権譲渡は営業譲渡ではない。被控訴人は、本件債権譲渡によつて、従来の得意先が奪われたというが、右譲渡によつて得意先が奪われるという必然性はない。かりに、たまたま得意先が奪われる結果となつて、営業譲渡による得意先の譲渡と同様の結果を生じたにしても、そのことから債権譲渡行為が得意先の譲渡を内含する営業譲渡契約に転換する道理はない。その上、控訴人は被控訴人のいう得意先とは、本件債権譲渡以来取引関係がないので、仕入・販売とも得意先を奪つたことはなく、また奪つたことにもならない。ことに被控訴人は昭和三〇年一二月小倉営業所(小倉支店)を廃止して東京に引き揚げ、得意先を放棄している。二、もし、本件債権譲渡が営業譲渡に当るとすれば、これと時を同じくしてなされた控訴人の債務引受もまた営業譲渡に内含されて無効というべきであろう。控訴人が被控訴人の債務を引き受けた事情について説明すれば、被控訴人の昭和三〇年一〇月当時の財産状態は、資産四、八一五万円余、負債四、六八九万円余であつたところ、被控訴人の取引先で債権者である藤倉電線は、債権の取立にのみ汲汲としていたので、被控訴人を援助育成する旨申し入れてきた。よつてここに、被控訴人は従来獲得した藤倉電線の製品の販売得意先を藤倉電線に委譲する。その代わりに、藤倉電線は、委譲を受けた得意先に対し直接販売をなすことによる利純のうち、幾何かを被控訴人に支払う旨両者間に約定したところ、藤倉電線は、右利純の支払をしないばかりか、早急に被控訴人が支払を余儀なくされていた、藤倉電線以外の仕入先に負担する小口の債務額計三、九五三、九一二円は被控訴人において支払えとはねつけ、援助をしないので、被控訴人は営業を中止するのやむなき状態に立ちいたつた。そこで当時被控訴会社の従業員において、藤倉電線と無関係な絶縁材料等の販売を目的とする控訴会社を設立し、同会社において右小口債務を引き受け、その支払に充てるため被控訴会社から本件債権の譲渡を受けたもので、譲渡額も当時の被控訴会社の全資産の一〇〇分の八未満にしか当らず、また、控訴会社は引受債務のうち、すでに二、四四九、九八八円を支払つている。三、被控訴人主張のように、本件債権譲渡は優良債権のみを選んでなされたものではない。藤倉電線から仕入れた商品の売揚金は、藤倉電線へ、それ以外の各仕入先から仕入れた商品の売掛金の入金は、それぞれ当該仕入先へ支払うのが取引の常識であつて、本件債権譲渡の目的たる債権は、藤倉電線以外の小口仕入先から仕入れた商品の売掛債権である。四、本訴は藤倉電線の指揮命令の下に提起されているが、藤倉電線は、被控訴会社から売掛金債権を回収するために手段を選ばず、被控訴会社の販売得意先を奪い、同会社の当時の株主であつた中島重信らの株券を偽造して、自から被控訴会社の株主たるの外観を整え、同会社の実権を握るや、被控訴会社をして、先に同会社がその取締役会の決議を経て、代表取締役の資格証明書を添え、同代表取締役においてなした本件債権譲渡を無効なりと主張させ、本訴を提起追行させているもので、本件債権譲渡の通知に接しこれを承諾した善意無過失の各債務者(原判決末尾債権明細表記載の者)に、法律上の利害関係が生じた後に、態度を急変してこの債権譲渡を無効と主張するのは、取引の安全を保護せんとする法律の精神並びに信義公平の原則にかんがみ許さるべきでなく、所謂禁反言の原則にも反するといわなければならない。六、以上控訴人の主張に反する被控訴人の主張は否認する。」と述べ<証拠省略>た外は、原判決に書いてあるとおりである。

理由

一、被控訴会社がその主張のような電気材料等の販売を業とする株式会社であり、少くとも昭和二八年三月三一日までは、中島重信が代表取締役、井上清一、若田筆吉、淡田安繁、平野一が取締役であつたこと、昭和三〇年一〇月二〇日電気材料等の販売を業とする控訴会社が設立登記を了して成立し、右淡田安繁が代表取締役、中島重信と平野一とが取締役、井上清一が監査役となつたこと、同月三一日中島重信が被控訴会社を代表して控訴会社に対し、被控訴会社が原判決債権明細表記載の各債務者に対して有する同明細表記載の本件債権を譲渡し、その旨各債務者に通知したことは当事者間に争がない。

二、被控訴人は右債権譲渡は、譲渡当時中島重信ら取締役は、任期満了により退任し、商法第二五八条第一項によつて取締役の職務を行つていたに過ぎない者であるところ、同人らは故らにその地位に居坐るために、後任取締役選任のための株主総会の招集義務を怠つた者であるから、かかる者については、商法第二五八条第一項は適用がなく、したがつて中島重信が被控訴会社を代表してなした債権譲渡は無権限者のなした行為であるから無効であり、かりに然らずとするも、同人らの権限は商法第二七一条の規定する職務代行者の権限より大きくないものと解するを相当とするので、会社の常務に属しない本件債権譲渡をなし得べきでないので、本件債権譲渡は中島重信の越権行為として無効であると主張するが、商法第二五八条第一項及び第二六一条第三項、第二五八条第一項の規定により取締役の権利義務、代表取締役の権利義務を有する者の権限は、たとえ、同人らが後任取締役選任のための株主総会の招集を怠つた場合でも、他に格別の事情のないかぎり、通常の取締役、代表取締役の権限と全く同一であつて、商法第二七一条の取締役職務代行者、代表取締役職務代行者の権限と異なり、常務に属しない行為をなすことができないという制限を受けるものではないので、本件債権譲渡は無権限者ないし越権者のなした無効の行為であるという被控訴会社の主張は、独自の見解で採用に値しない。

三、つぎに被控訴会社は、右債権譲渡は同会社の営業上の重要財産を譲渡し、もつて会社の重要な営業を譲渡したことに当るので、株主総会の特別決議を経てなすべきところ、この決議なくしてなされたので商法第二四五条に違反し無効であると主張するので判断する。商法第二四五条の営業の譲渡とは異説もあるけれども、当裁判所は通説に従い、組織的一体をなす株式会社の機能的財産を一個の債権契約によつて移転し、実質上営業活動的地位を譲受人に移転することをいい、たとえ会社の全財産を譲渡する行為であつても、これにつき株主総会の決議を要する旨を明定する国の立法と異なり、かかる規定を欠くわが国においては、その行為が同時に右説示の定義的類型に当らないかぎり、営業の譲渡と解することはできず、従つて、これについて株主総会の特別決議を要しないものと解する。すなわち、わが商法は、営業の譲渡は営業活動的地位の移転を伴うが故に会社の運命に重大な影響ある行為であるとして類型的に把握し、営業全財産ないし重要財産の譲渡は、類型的に右の重大な行為でないと把握しているのであつて、このことは株式会社が工場抵当法による財団、その他の法律による財団を設定してこれを抵当に供し、企業担保法による担保権の設定について、株主総会の特別決議を要しない建前をとつていることと調和する。これを本件について見るに、右説示の意味においての営業譲渡がなされたという点について、これを裏づけるかのような甲第一〇号証、第一五号証、第三九号証の二、三、原審証人大和虎雄、当審証人田中実の各証言は後記証拠と対照し採用しがたく、他に的確な証拠はないので、被控訴会社の主張は排斥を免れないばかりでなく、かえつて成立に争のない甲第一、二、四、五、六、九、一〇、一一の一、二、一二の一、二、一六、一七号証、第三五号証、第三九号証の三、第四三号証の一、乙第一三号証の二ないし四、乙第一四号証、乙第四八、四九号証、原審証人平野一の証言によつて成立を認める乙第一号証の二、原審証人大和虎雄の証言によつて成立を認める甲第一五号証(前示排斥部分を除く)、控訴会社の前示事実らん立証の部(1) の陳述を被控訴会社が認める事実と成立に争のない乙第四八号証により成立を認める乙第一九号証ないし第四七号証、原審及び当番証人田中実(各第一、二回(前示排斥部分を除く))、原審証人大和虎雄(同上)、荒井銀次郎、中島重信(第一、二回)、小野園子の各証言、原審被控訴会社代表者矢島庸造尋問の結果、当審控訴会社代表者中島重信の第一、二回尋問の結果に、当事者弁論の全趣旨を合わせ考えると、つぎの事実、すなわち、

被控訴会社は、昭和二二年三月資本金一九万円で設立登記され、同二六年五月資本一〇〇万円(発行済の株式総金額)となり、昭和二七年度の総仕入高は一一、七〇〇万円、総売上高は一一、九〇〇万円にも上つたが、その頃訴外鈴木電業株式会社に対する売掛代金のうち約二、〇〇〇万円が全く回収不能となつたため、主たる商品仕入先である訴外藤倉電線に対し負担する仕入代金債務五、九〇〇万余円が支払えなくなり、当該被控訴会社の代表取締役であつた中島重信所有の財産を担保に差し入れ、また、当時被控訴会社の取締役であつた者の所有する被控訴会社の株式(全株式の八二・五%に当る)を藤倉電線に譲渡し、被控訴会社東京営業所を廃止して、同営業所関係の資産全部を藤倉電線に譲渡して経営を続けたが、経営好転せず、昭和三〇年五月には藤倉電線からの仕入製品を買う得意先を藤倉電線に委譲して、藤倉電線名義をもつて被控訴会社が事実上の売却取引をなし、被控訴会社はその売上高の五%に当る金員を販売口銭名義で受け取ることを藤倉電線と約定して経営の好転を計つたが、藤倉電線が右五%の金員を被控訴会社の旧債の弁済に充当して、現実には被控訴会社には現金を交付しないため、益々苦境におちいり、被控訴会社の飯塚、福岡の営業所も閉鎖廃止するのやむなきに立ち至り、被控訴会社が直接営業するのは、小倉営業所で藤倉電線以外の仕入先からの商品を細々と取り扱うに過ぎなくなり、同年一〇月には事実上営業停止め状態になつたこと、当時被控訴会社の資産は帳簿上はなお五、六千万を有することとなつていたが、実質的には八、九百万円を有するに過ぎなかつたので、そのまま推移すれば被控訴会社の重役、従業員の生活さえも危殆におち入ることが切迫してきたので、中島重信、淡田安繁らは相謀り、被控訴会社小倉営業所所在地に控訴会社を設立してその営業所となし被控訴会社の取締役会の決議を経て、被控訴会社代表者中島重信から控訴会社に対し本件債権を譲渡し、控訴会社は主として藤倉電線以外の商品仕入先に対して被控訴会社が負担する三九五万金円の債務を引き受けて、すでに、二〇〇数十万円支払つたこと、これより先、前示福岡営業所廃止後の昭和三〇年九月七日中島重信らは同営業所跡に被控訴会社と同一の営業を目的とする訴外日栄電気株式会社を設立し、平野一が代表取締役、中島重信、淡田安繁が取締役となり、福岡営業所関係の僅少の財産を右訴外会社に譲渡(営業譲渡ではない)したので、被控訴会社の大株主である藤倉電線は、これを不当な営業譲渡であると主張して、被控訴会社に対し臨時株主総会の招集を要求したが、同会社はこれを招集しないまま、本件の債権譲渡がなされたことの各事実を認めることができる。この認定に反する各証拠は採用しない。

以上の認定によれば、本件債権譲渡が営業譲渡自体でないのはもとより、被控訴会社が他に営業譲渡をなしたという証拠はないので、この債権譲渡は営業譲渡の一環をなすものでもないので、これが営業譲渡であつて、株主総会の特別決議を要するという被控訴会社の主張は理由がない。被控訴会社はその摘示事実(一)ないし(四)の事実を総合すれば、本件債権譲渡は法律上営業譲渡に当るというのであるが、前記認定のとおり被控訴会社主張の事実摘示(一)の営業譲渡がなされたという事実は認められず、また同(三)の事実中本件債権譲渡が被控訴会社の目的の範囲外の行為であるから無効であるというのは、独自の見解で採りがたく、中島重信が代表権を濫用したという点については、証拠がないし、控訴会社が被控訴会社の営業活動的地位を引き継いだという同(四)の点についても証拠がないので、要するに、右の被控訴会社の主張は理由がない。

四、被控訴会社は中島重信、淡田安繁はいずれも被控訴会社の取締役であるから、同種の営業を目的とする控訴会社の取締役となり、両会社で取引するには商法第二六四条に則り株主総会の認許を受けなければならないのに、これを受けないで本件債権譲渡取引をしているので、この譲渡は同法第二五四条の二の規定に反し、また民法第一条第二、三項により無効であると主張するが、本件債権譲渡が右各法条に違反するが故に無効であるという点については証拠がないので、右主張も理由がない。

以上のとおり、本件債権譲渡行為は無効ではないので、これが無効であると前提する被控訴会社の請求を棄却すべく、原判決は不当で控訴は理由があるので、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 川井立夫 秦亘 高石博良)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例